【映像データあり】2021年4月7日 さらに90万円

 


特例貸付の申請を辞退し、義母、高田永子の借金問題は一応片が付いた。

後は上野から借金を取り立てれば、これからの生活費の足くらいにはなるだろう、と私は高を括っていた。

田端へ渡したお金はもう戻らないものと考えていた。

しかし、一縷の望みと田端へ近づくため、私は借用書に少し細工をした。

上野明美の保証人を田端照代にするよう、前もって上野に話していたのだ。

田端が保証人の欄に署名押印してくれれば、こちらとしては田端と接触しやすくなる。

上野は、それくらいのことなら田端はしてくれる、と言っていた。

田端と連絡が取れれば、田端に渡したお金がどういう種類のものなのか、借金なのか、出資なのか、融資なのか、ただの贈与なのか、少しでもわかるだろうと考えていた。

最悪、上野が借金返済に詰まっても、田端から取れれば、こちらとしては御の字であるのだから。


義母は特例貸付で得たお金を上野に渡すつもりでいた。

しかし、その一部を、自分のための生活費としてあてにしていたらしく、私に借金を申し込んできた。

私は永子に10万円渡し、後日借用書を作成して署名押印してもらった。


「お義母さん、お金が必要な時は、金融機関じゃなくて、私が貸しますから、言ってくださいね」

「ありがとうございます」

いえいえ、利息はきちんともらいます、こちらこそありがとう、である。

「最後に、ないとは思うけど、万が一で聞きますけど、もう借金はないですよね」

「…」

「あるんですか?」

こくりとうなづく永子だった。

「はぁ、まぁ、いいですよ。怒らないから。もう全部出してもらえますか?相談に乗りますよ」


高田永子は自分の肩の荷を下ろしたかったのだろう、借用書を3通持ってきた。

しんきんローン50万円、カードローン20万円✖2=40万円。

合計90万円也。

おそらく支払いが始まっていたのであろう、真綿で首を絞められるように、永子を苦しめていたようだ。


「90万円ですか?もうないですよね?」

「うん」

「これも上野に渡していたんですか?」

「そう」

「う~ん、そうですか…」

私は誰かにこの問題を丸投げしたかった。

「上野さんが来月には返せるって言うから」と永子は言う。

「だから、お義母さんが借りて、そのまま上野さんに貸したってことですか?」

「そういうことになるね」

そうか、だからこの人は、いつもどこか他人事のように振舞っているのか。

自分が借金をしているという自覚がない。あまりになさすぎる。


「でも、お義母さん名義の借金っていうのは、上野の借金ではなくてお義母さんの借金ですからね」

「う~ん」とうなる永子ばあさん。

どこまでも他人事のようである。

「来月には戻ってくるって言うから」永子は言う。

「戻ってこなかったらどうするんですか?」

「でも、戻ってくるって言うから、大丈夫」

もう堂々巡りである。

「まぁ、百歩譲って、来月戻ってくるなら、それはそれでいいでしょう。でも、戻ってこなかったら、金融機関から借りているのは利息がもったいないから、さっさと返してしまいましょう」

「ふ~ん、そんなもんかね」

頭の中は来月90万戻ってくるということしかないらしい。

「まぁ、とにかく私か娘たちが返しますから。お義母さんは来月から、その戻ってきたお金で私たちに返してください。それでいいですね」

「まあ」好きにすれば、来月には90万戻ってくるんだから、とでも言いたげな婆さんの顔だった。

「で、上野さんは借用書はどうなりました?田端さんが連帯保証人になるっていう借用書。もう書いてもらいました?」

私は4月の初め、上野と田端用に2通、借用書をパソコンで作り、上野に渡すよう義母に預けておいたのだ。


「受け取ってくれないの」

「受け取ってくれないってどういうこと?」

「だから、受け取ってくれないの」

私が田端照代を保証人にする計画だった借用書に署名するどころか、上野明美は受け取りもしていなかったのだ。

上野を少しでも信じた自分が愚かだった。

もしかしたら、このまま自分の借金もすっとぼけるかもしれないと私は危惧した。


「受け取ってくれないって…ちゃんと渡さないと…」

「はぁ」ため息交じりに永子は答えた。

まぁ、受け取らないものは仕方ない、だって受け取ってくれないんだもん、高田永子はそんな表情をしていた。


それにしても年金生活の婆さんに、よくもまあ、お金を貸してくれるもんだな、と永子が持ってきた書類を一通り見ていると、謎が解けた。

しんきんローンの申込書には、主婦というか無職のはずの高田永子が上野明美の会社、月光電器で働いていることになっているのだ。

勤務先:月光電器、パート、勤続年数20年8月、前年年収120万円。

これで審査が通ったのか、と私は思った。


「お義母さん、一応確認ですけど、上野さんの会社で働いてないですよね?」

「うん、働いてないよ」

「でも、月光電器で働いていて、前年の年収が120万円って書いてるじゃないですか?」

「そうね」

「これはどういうことですか?」

「上野さんがこう書いてって言うから」


やはり上野だった。

高田の婆さんに一人でこんな大それたことなどできやしないのだ。

特例貸付同様、この一連の借金も上野が描いたものだった。


「ちょっと借用書の件もあるし、上野さんを呼びましょう」と私は言い、義母に上野へ電話をさせた。

電話口の上野は、忙しいだなんだと言い、来たがらない様子だった。

私は電話を替わった。


「ちょっと上野さん、私が作った借用書、あれね、上野さん受け取ってないっていうじゃないですか?」

「あれね、あれは、田端さんが忙しいから、また今度ねって言うから」

「田端さんの署名はとりあえずいいですよ、どうして、あなたが受け取らないんですか」

「だって、ね、田端さんのサインが必要でしょ?」

「田端さんのサインも必要だけど、その前にあなたの借金なんだから、あなたがまずサインすべきでしょ、そのあとに田端さん。その前に、まず、借用書を受け取らなきゃ話にならないでしょうが」

「えぇ、そうね」

「それとね、600万円の他にまだあるじゃないですか、90万」

「あ、あれね、あれは来月には返せるから、安心して」

「そういう話じゃなくて、借用書も何もないじゃないですか」

「ですから、返しますから」

「そういうね、口約束じゃダメなのが世の中だってわかってないの?ちょっとうちに来てもらえませんか」

「忙しいからすぐには」

「でもね、上野さん」私はまたまたオカミの御威光を振りかざした。「しんきんローンで、うちのお義母さんがお宅で働いてることになってるでしょ?書類上。それって上野さんが書かせたわけでしょ」

「まぁ」

「その給料って払ってくれてます?」

「えっ、払ってないけど」

「そしたら、これって信金をだましていることになるのわかります?詐欺ですよ、詐欺」

「…」黙り込む上野。

電話だと話しずらいと思ったのだろう、観念した上野は10分後高田の家にやってきた。


上野が家にやって来たので、私の部屋に招き入れた。

「上野さん、どうします?120万円給料を払うか、借金の90万円を肩代わりするか、こちらとしてはどちらでもいいですよ」 

上野はしばらく考え、安いほうを選んだ。

「もうあなたのことは信用できないので、法定金利にのっとって、借用書を作成するので、今ここで署名してください、いいですね」

私の語気はもちろんNOなどと言わせない。


「ゴールデンウィーク前にはまとまったお金が入ってくるから」と上野は独り言のように言ったが、私は半ば無視しながら、手書きで借用書を書いた。

金利年率15%の600万円の借用書と月々9万円✖11回払いの90万円の借用書だ。


「この2枚ね、これにサインしてください、ハンコはいいので」上野は素直にサインをした。

「証拠として動画を撮ります。いいですね」

私はスマホで上野が自分の借用書を読み上げる動画を撮った。






「まとまったお金が入ってくれば、すぐにでも返せる」

それは事実だろう。

ただ前提として、まとまったお金が入ってくる、という叶いもしない大前提があることを二人の老婆はどうしてわかってくれないのだろう。

私は上野と高田の婆さんのこの一連の投資・借金騒動を通じて痛感せざるをえなかった。

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