怒りにまかせて切った電話線は本線だったらしく、「すみません、電話が通じないんです」と義母の高田永子に言われた。
自分が切った電話線を修繕しながら、私は少しばかり反省した。
それは私が悪いのにもかかわらず、義母が平身低頭にとても申し訳なさそうに「すみません」と言ったことも起因していると思う。
私も少し大人げなかった。
また、誰かに対して怒るということも、大人げない行為であり、それも少し反省し、後悔もした。
永子の態度は、ただただ今朝の私の高圧的な物言いを恐れてのことなのかもしれなかった。
そうだとしたら、まるきりDV夫と同じではないか、と少し嫌な気分になった。
私のスマホから家へ電話をかけ、つながっていることを確認してから、子どもたちと風呂に入った。
まだ、17時前だったが、その夜はハッピー会という昔なじみの集まる鍋会があり、嫁が仕事から戻り次第、子どもの世話をバトンタッチし、家を出る予定だった。
17時30分くらいに嫁が帰宅し、私が家を出ようとすると、義母が話しかけてきた。
「今日はすみませんでした。お手数おかけしました」普段の物腰は、本当に気のいい田舎の婆さんなのである。
「いえいえ、気にしないでください。お互いの見解の違い、というものもあるんで」と私は答えた。
ほかにどう答えようがあるというのか?
もう話は先に進まない。
そんな上っ面の体裁を繕うような会話はいらないと私は思うのだが、この人は、上っ面の体裁を気にするのだろう。
「お義母さん、これだけは確認しておきたいんで、最後に1つだけ聞いてもいいですか?」
「えぇ」
「まさかとは思うけど、借金はしてないですよね?」
「…」固まる永子。
「してんのかい!」日常会話に漫才のセリフが自然に出てきたのは初めてのことだった。
「消費者金融から?」
コクリとうなづく永子。
「いくら」
それには答えない永子。
「もう、本当に、本当に知らないですからね。もうどうなっても知らないですよ」
私は怒気とともに言葉を吐いていた。
これはもはや病気である。
借金病、カネカネ病、何て呼べば正しいかはわからないが、とにかく異常であることに変わりはない。
「お義父さんはかかわってないですよね?お義父さんが保証人になったり」
「それはない」と、ようやく口を開く永子だった。
私は思わず頭を抱えた。
比喩表現ではなく、実際に頭を抱えることなどあるのだな、と思いながら両手で頭を抱えた。
「この話は、う~ん、お義母さんが話したければ話を聞きますし、話したくなければ私は聞かないです。お金はもう二度と渡しませんから、勝手にやってください」
軽い頭痛と軽い吐き気を催しながら、出しなに妻のヒカリに伝えた。
「お義母さん、また借金してるってよ。もう、本当に病気だね」
「…」妻の表情を私は直視できなかった。
「また、明日にでも話そう」と私は妻に言い残し、アンハッピーな気分のままハッピー会へと出かけて行った。
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