高田永子の朝は、早くもないし、遅くもない。
掃除は嫌いだが、洗濯はいとわない。
そして、もう一つ、朝のゴミ出し。
以前は義父の高田優がゴミ出し担当だった。
自転車の荷台にゴミ袋をくくりつけ、早朝7時前までに近所のゴミ集積場まで運ぶ。
足腰が弱くなり、自転車に乗れなくなってからは、荷押し車でゴミ出しをしていた。
しかし、ある日、荷押し車でゴミ出しをした帰り、荷車の勢いがついたはずみで、ハンドルを握りしめたまま、手をつく間もなく顔面を地面に叩きつけるということが起きた。
朝早くに顔面血だらけの義父を見た我々家族も驚いたが、第一発見者の通勤途中の女性の方が何倍も驚いたことだろう。
そんなこんなで、義父優氏の朝のゴミ出しは引退となり、代わりに私が担当することになった。
しかし、私が早朝出や出張の多いのと本人の朝の運動のためにと義母に代わってもらった。
運動嫌いの義母は、予想通りというか、歩いてゴミ出しに行くことはなく、近くのゴミ捨て場までは車で行っている。
「明日のあれ、やめておきます」と、ゴミ出しに外へ出た永子は、新聞を取りに表へ出た私に声をかけてきた。
「どうして?」まぁ、おおよそその予想はついていた。
むしろ、明日まで時間があるから、当日土壇場のキャンセルよりもましである。
「行ってもしようがないから。話すことないし」
「話すことはなくても、向こうの話を聞くだけでいいですから」
「え~、でも、いいよ」
「今、ここで話してもしたかないので、ちょっと落ち着いたら話しましょう」
寒い中、家の前で立場話をするのもなんなので、その場はそれで収めた。
まず第一にお互いの見解が違うこと、それがあまりに食い違いすぎていること、でも、それは人間だから仕方ないことなどを、責め立てないように気を使いながら話した。
「コインの表と裏。お義母さんは表を見ている、私は裏を見ている。同じものを見ているけど、あまりに見え方が違う。だとしたら第三者から見てどうなのか、それくらいのことなんですけどね」
「う~ん」
「私としては問題でも、お義母さんとしては問題じゃない、だから、嫌だということですか?」
「問題じゃないとは言わないけど、それももうすぐ解決するから」
「?どういうことですか?」
「12月に入金があるから」
「上野さんから?」
「そう」
「いくら?」
「600万」
「はぁ。…」う~ん、二の句が継げないとは実際に経験することなのですね。「お義母さんはそれを信じているんですか?」
「もちろん」
「信じてるんじゃなくて、信じたいだけじゃないんですか?」
「…」
「これって典型的な詐欺のやり口ですよ」
「詐欺じゃない」
「本当にそう思っているんですか?前から疑問に思てったんですけど、詐欺じゃないと思うんじゃなくて、詐欺じゃないと思いたいだけじゃないんですか?詐欺だと困るから」
「…」
「それも含めて、明日行ってみませんか?相談のプロですから」
「いいよ」いいよ、というのは当然Noの意味。
「私は、お義母さんには2つの借金の問題があると思っているんですよ」
1 上野に貸した690万円
2 娘たちから借りた90万円
私はコピー用紙の無駄紙に上の2つを書いた。
「この問題をプロの相談員に話してみたらいかがですか、と言っているんですけど」
「いいよ」※上記参照
「お義母さんが5月にまとまったお金が入ってくるって言うから、娘たちがお義母さんの借金を立て替えたんでしょ?それがどうなりましたか?お金は入ってきましたか?」
「…」もちろん、入金はナシ、ゼロ円です。
「本来、信金とクレカの借り入れの返済で、月に3万、お義母さんの口座から引かれるはずだったのを、娘たちが立て替えて払ったのですよ。つまり、本来なら、今より3万円分生活が苦しかったんですよ」
「まぁ、ねぇ」
「で、そろそろ娘たちにも返済しないとまずいでしょ」
「でも、返してるよ、返せっていうから。ヒカリには月に1万円ずつ、Cさんにも1万円返してるでしょ」
ヒカリは私の妻であり、Cさんとは私のことである。
私は個人的に10万円貸していた。
もちろん、借用書、および利息付きで。
※その後、ごうつくな高田の婆は、元金は完済したが利息分までは払わなかった
「でも、コダマちゃんには返してないでしょ?」
コダマとは永子の娘であり、妻の妹である。
ヒカリとコダマ、二人の娘が義母の借金を立て替えた。
ヒカリとコダマ、もちろん仮名である。
「コダマは、保険料を払っているから…」
義妹のコダマちゃんの保険料を、永子の解約した保険からそのまま天引きしているので、借りた分はそれと相殺でいいのでは?というのがご意見らしい。
「それで話がついているなら構わないですけど、それはそれ、これはこれでしょ?」
「う~ん」
「そういうのも含めて、明日、相談しに行きましょう、っていう気持ちなんですけどね」
「う~ん、やっぱりいいよ」
う~ん、埒が明かないので、話を変える。
「お義母さん、上野さんとのアレがあって、しばらくぶりに上野さんが家に来ましたよね。半年ぶりくらいに。その間はやりとりはしていたんですか?」
「少しは」
「でも、最近、また来たじゃないですか?」
「借りられるところがなくなったからじゃないの」
「それでダメもとで、家まで来たと」
「そう」
「それだけ切羽詰まってたということですかね」
「そういうことみたいね」
「それで、お義母さん、その間、上野さんにお金を渡しましたか?今年の5月から10月くらいの間」
「…」少しこわばる義母高田永子。
「いくらくらいですか?」
「3万かな」
「5万くらいですか?」
「それくらいかね」
「もちろん、借用書は書いている…訳ないですよね?」
苦笑いする永子。
やれやれ。
どうして、こうもこの人は知恵がないのだろう?
借用書もなしに金を渡すということは、あげているのと同じだと、もう何度言い聞かせたことか…。
もう5万回は言っているはずだ。
だから、わたしは5万1回目のセリフを言う。いや、言わざるを得ない。
「どうして借用書を書かないんですか?先方に借りてないって言われたらそれまでですよ。そもそも、なんで一度も金を返せていない人に貸すんですか?」
「すぐ返すって言うから」
「それで、すぐに返ってきましたか?」
「…」
「もう、あの時と同じじゃないですか?来月にはまとまったお金が入ってくるからって、あの時とまったく同じですよ」
いいかげん疲れたので、もう止めます。
「それでお義母さんは生活には困っていないんですね?人にお金を貸せるくらいだから、むしろ裕福じゃないですか」
「そんなことはないけど」
「まぁ、それもこれも含めて、相談に乗ってもらった方がいいと私は思います。でも、その判断はお義母さんがすることだし、馬や牛じゃないから首に縄を付けて連れて行くわけにもいかない。今夜、娘たちも含めて、話し合いをしましょう」
ということで、その場はそれで収めることにした。
コメント
コメントを投稿