私は初めのページから終わりまで、高田優の通帳にざっと目を通した。
何か、どこかガチャガチャしているなぁ、と感じたのが初めの感想だった。
数字が何か追いかけっこをしているような。
口座残高だけを見れば、いつもゼロに近いところを低空飛行しているように見える。
いや違う、定期的にドカンと入金され、すぐに低空飛行に戻るのだ、と私は感じた。
う~ん、なんだこれは?定期的に入ってくるのは、年金のようで、出ていくのは生活費なのか?
見ているだけでは前進しそうになかったので、私はとりあえず、帳簿の入りを計算してみることにした。
私はずっと個人事業主だったので、そもそも将来の年金を当てにできる人間ではなかった。
であるからして、年金の仕組みなど気にしたこともなく、いつ、いくら入るものなのかも当然知らなかった。
「国民年金 コクミンコウセイ」これがいわゆる年金というヤツなのだろう。
29万6000円。
結構もらっているな、というのが素直な感想だった。
入金は偶数月、2か月に1度みたいだから、月の生活費は、ざっと15万弱といったところか。
う~ん…私は一人、うなっていた。
高田家は、生活費として月に15万円使えるような暮らしぶりをとてもじゃないけどしていないな、とうなってしまった。
年金の入金の他に、ミツイスミトモからも入金がある、これはなんだ?保険を解約したのか?老齢年金みたいなものなのか?
そうか、(企業名)キキンというのは、これが企業年金というヤツなのか。
よく見てみれば、偶数月の月初に同額が入金されている。
14万8000円。
ちょっと、待てよ。
厚生年金が29万6000円で企業年金が14万8000円だと!
合わせたらいくらだ?
44万4000円。
なんてことだ…。
1か月に使える生活費は15万ではなくて、22万に跳ね上がった。
お、おそろしい、年寄りの年金パワー。
いや、いやいやいや、永子の方にもあったはずだぞ。
偶数月に厚生年金の入金、16万円…。
そしたら、なんだ、高田老夫婦の年金額は、29万6000円+14万8000円+16万円=604000円ということではないか!
月に30万円は自由になるお金があるということではないか!!
私はあまりの額に、愕然としていた。
前年、1年の2人の年金収入は、3649167円だった。
360万、大した額である。
ため息しか出ない。
しかも、口座には110円…。
二重の意味で、二重のため息が出てしまう。
お金はそれなりに入ってくる、でも、残っていない。
そうか、入金されると、すぐに引き出されてるから、口座残高の低空飛行が続いているように見えるのか。
各種公共料金、コープ、クレジットカードの支払いなど、それなりにあるが、現金がごっそり引き出されているのが一番の要因であろう。
こうやって渡していたのか、と私は合点した。
※その時はそう了解したが、事実は小説よりナンタラでしたね。
クレジットや何かの引き落としがされる前に、その分だけ入金をしている、馬鹿だな、初めからそのくらいはとっておけばいいものを、と私は思った。
あなたもきっとそう思うはずである。
これ、残高がないのはもちろん問題だけど、お義父さんは自分の通帳の中身を知らないの?知りたくないの?とその時思ったし、いまだに聞けないことでもある。
おそらく、この先も聞かないであろう。
オンリーゴッドノウズ、というヤツである。
ただ、入金の額が多いだけに、なんとか立て直せるのではないかとすぐに感じた。
もちろん、変な借金がなければの話であるが。
通帳と印鑑、それとカードを私たち夫婦で管理すれば、お義父さんの年金を永子が好き勝手にはできない。
そうすれば、今後は問題が起きるはずはない、と私は考えた。
お金の流れは把握した。給付金の申請についてだ。
「総合支援資金特例貸付」
「借用金額60万円」
「借入期間初回貸付の3か月目の翌月から3月間」
「令和3年4月から令和3年6月までの3か月間」
「社会福祉法人 県社会福祉協議会」
最初の入金は4月だった。
そう幸いなことに、まだそのお金は永子の手元に届いていなかった。
私は「総合支援資金特例貸付」に関して検索して、高田永子に落ち度、つまり、付け入るスキはないか調べてみた。
・本貸付金を事業の運転資金にすることはできない
・世帯収入
・世帯員の了承
無知な人に対して、オカミは絶対である。
「お義母さん、ちょっとまずいですね」と私は神妙な顔をしながら、声をかけた。
「え」
「これ、この給付金の申請のヤツ」正確には給付金ではなく、特例貸付。「これ、もしかしたら、詐欺になってしまうかもしれませんよ」
「…」押し黙る義母。
少なからず後ろめたさがあったのだろう。
私のハッタリが見事にはまった。
「まず、これって、生活が困難になった人向けの融資なのはご存じですよね。ですから、生活費に充てるためのお金で、他に使ってはいけないんですよね、投資とか」
もちろん、お金に色はついていない、何に使ったかなんてわかるはずなどない。
「それと注意事項で、世帯収入の上限と世帯員、つまり家族の了解が必要だって、調べたら書いてありましたよ、それはご存じで?」
「いやぁ、それは」
そんな細かいところまで読んでいるはずはない、ともちろん私はわかっていた。
「つまり、これは虚偽を働いて、嘘を言って、お金をだまし取ろうとした行為で…つまり、詐欺になるのかと…そう思います」
「…」
自分の行為が詐欺行為かもしれないと自覚したのであろう、永子の顔はみるみる青ざめていった。
「警察に行きますか?」
追い打ちをかけるように私は言った。
「今ならまだ遅くないと思いますよ」
「いや、それは」
「でも、これは詐欺だと思うんですよね、ぎりぎり。百歩譲って、私たち高田の人間はいいですよ。でも、コダマちゃんちはどうなってしまいますか?」
ゆっくりと諭すように私は話した。
コダマの夫は他県で牧師をしていた。
「そんなね、犯罪者を出すわけにはね。まだ、今から警察に行けば、自首ということで犯罪者にはならないと思うんで」
はっきり言って、脅すつもりで大げさに私は「詐欺」「犯罪」「警察」を繰り返した。
高田永子は乾いた唇を何度も何度も舐めていた。
「まぁ、任せますよ」もう十分脅しは効いたであろう、私は極めて穏やかな形で、高田の婆さんを窮地に追いやった。
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