※これはフィクションです※
下の娘ともかから電話があったのは、まだ6時を少し過ぎたくらいのことだった。
「お母さん、どうして、どうしちゃったのよ、どうするのよ?」
その慌てふためいた娘の声に、上野の自身も気持ちが揺さぶられた。
ただ、電話口の娘がいったい何を言っているのか、上野はまるきり見当がつかなかった。
「どうしたの?ちょっと、落ち着いて、ともかちゃん」
上野は、自身にも言い聞かせるように、ゆっくりと娘を諭した。
「落ち着いてなんかいられないわよ、どうするの、ほんとに」
「なんのことを言っているの?」
「動画よ、ブログもそうだけど」
「動画?」
「お母さん、知らないの?動画出てるのよ、お母さんが」
「…」そう言われても、上野には、いまいちピンと来なかった。「動画がどうしたの?」
「お母さんがユーチューブに出てるの」
「えっ、なんで?」
「それはこっちが聞きたいわよ」
「…」電話の向こうにいる娘のすすり泣く声を無言で聞きながら、上野はことの重大さを感じ始めていた。
「もう、なんでこうなるのよ、拡散されたらどうするのよ」
「…」拡散?何?よくわからない、そう思いながらも、上野は言うべき言葉が見つからなかった。
上野のスマホが震える。
上の娘からの電話だ。
「ちょっとお姉ちゃんから電話だから、いったん切るね」
上野はともかに告げ、上の娘城田さとこからの電話に出た。
「お母さん、まだやってたの?」城田さとこは明らかに怒気を含んだ声で言った。
「何を?」
「ネットワークのやつ」
「あれは、もう解決するから」
「そんな訳ないでしょ?」
「でも、もう、これで、今月で解決するから。高田さんちの息子さんと、その友達から100万ずつ借りて、これでもうおしまい」
「はぁ~」ため息ではなく、はっきりと、はぁ~と城田さとこは言った。「もういい加減にしてよ」
「大丈夫だから、来月にはお金戻ってくるんだから、心配しないで」
「お母さんさ、録音されてるよ、知ってるの?」
「う~ん、そういえば、高田さんとの電話の時に、録音しますって音は聞こえてるけど。何か問題でもあるの?」
「はぁ、あきれた、大問題よ。その録音された内容を全部、ユーチューブにアップロードされているのよ」
「アップロード?なんで?誰が?」
「高田って人でしょ?」
「高田さんがどうして?」
「理由は知らないよ」
「お母さんの顔とかも出てるし、どうするの?」
「…」娘二人に同じよう言われている。これはおそらく、非常にまずいことなのだろう。
しばらく無言が続く。
「ちょっともう電話切るね、会って話そう」城田さとこは、一方的に電話を切った。
上野明美は、しばらくスマホを見つめ続けた。
何が起こっているのかを理解するまで、上野は、スマホをじっと見つめ続けた。
そういうことか、ハメられたのか私は。
あの高田の息子と寺田に。
いったい彼らは何が目的で?
仕方ない、嫌だけど、電話するか、高田の息子に…。
上野明美は、スマホを持った震える右手を、左手でピシャリと叩いてから、高田Cに電話をかけたのだった。
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